1603〜1700年ごろ
No.13新着 江戸時代前期(1603〜1700年ごろ) 戦が終わり、幕府は窓口を四つに絞った
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1603年に徳川家康が征夷大将軍となり、大坂の陣で豊臣家を滅ぼして戦乱の世を終わらせた。幕府は武家諸法度と参勤交代で大名を抑え、島原の乱のあとポルトガル船を締め出し、外との窓口を長崎・対馬・薩摩・松前の四つに絞った。これを「鎖国」と呼ぶかどうかは今も議論がある。
#政治#外交#戦争・争い評価の分かれる点1603〜1700年ごろ事典・概説日本(江戸・長崎・対馬・薩摩・松前)、中国、朝鮮半島、ヨーロッパ本文 11か所
…との競争に敗れ、1623年に平戸から引き揚げている。 【評価の分かれる点】 「鎖国」という言葉は、この時代にはなかった。長崎のオランダ通詞志筑忠雄が、1801年に…
…。長崎のオランダ通詞志筑忠雄が、1801年にケンペルの『日本誌』の一章を訳して『鎖国論』と題したのが始まりとされ、広まったのは明治以降である。1980年ごろから荒野…
…り国を閉ざしたわけではない」と説明している。2017年には学習指導要領の案から「鎖国」を消す動きが報じられたが、反対意見を受けて「鎖国などの幕府の対外政策」という書…