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新しく登録した記事の 20 件

10月19日登録 / 2026年10月19日
No.21新着 平成・令和(1989〜現在) バブル崩壊と二つの大震災、人口が減りはじめた国
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平成の始まりは冷戦の終わりと重なり、1990年からはバブルが崩れて長い経済停滞に入った。1995年の阪神・淡路大震災と2011年の東日本大震災・原発事故が社会を揺さぶり、2008年をピークに人口は減りはじめた。2019年に令和へ改元され、新型コロナの流行、1年遅れの東京オリンピック、2025年の大阪・関西万博が続いた。
平成・令和(1989〜)日本(全国・阪神・東北・福島・大阪)、ロシア、中国、アメリカ、ヨーロッパ事典・概説1989年〜現在
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.20新着 高度経済成長からバブルまで(1955〜1989) 世界第2位の経済大国と、その代わりに失ったもの
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1955年ごろから1973年ごろまで、日本の実質経済成長率は年平均10%前後に達し、1968年には国民総生産でアメリカに次ぐ世界第2位になった。その裏で水俣病などの公害が深刻になった。1972年には沖縄が返還され、中国との国交が開かれた。石油危機で高度成長は終わり、1985年のプラザ合意のあとの円高と金融緩和がバブル経済を生んだ。
昭和(1926〜1989)日本(全国・沖縄・水俣・新潟)、アメリカ、中国、朝鮮半島、ソ連、中東事典・概説1955〜1989年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.19新着 占領と戦後改革(1945〜1955) GHQのもとで作り直された国のかたち
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敗戦後の日本は、マッカーサーを最高司令官とするGHQの間接統治のもとで、日本国憲法の制定、農地改革、財閥解体などの改革を受けた。冷戦と朝鮮戦争で占領の方針は変わり、警察予備隊が作られ、1951年のサンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約を経て、1952年に主権を回復した。1955年には自由民主党と社会党が向き合う「55年体制」が始まる。
昭和(1926〜1989)日本(全国・沖縄)、アメリカ、朝鮮半島、中国、ソ連事典・概説1945〜1955年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.18新着 昭和戦前と戦争の時代(1926〜1945) 恐慌から満州事変、日中戦争、太平洋戦争、敗戦まで
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1929年の世界恐慌が日本の農村を苦しめるなか、1931年に関東軍が満州事変を起こし、日本は国際連盟を脱退した。軍人によるクーデター未遂(二・二六事件)を経て1937年に日中戦争が始まり、1941年には米英との戦争に広がった。沖縄戦、広島・長崎への原爆投下、ソ連の参戦を経て、日本は1945年8月にポツダム宣言を受け入れた。
昭和(1926〜1989)日本(全国・沖縄・広島・長崎)、中国(満洲・華北・華中)、東南アジア、太平洋、アメリカ、ソ連、ヨーロッパ事典・概説1926〜1945年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.17新着 日清・日露戦争から大正へ(1894〜1926) 大陸へ広がる日本と、政党政治の芽生え
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朝鮮をめぐる清との戦い(日清戦争)とロシアとの戦い(日露戦争)に勝った日本は、台湾と南樺太を得て、1910年に韓国を併合した。第一次世界大戦では中国に二十一か条の要求を突きつける一方、国内では米騒動をきっかけに政党内閣が生まれ、1925年に満25歳以上の男子すべてが選挙権を持つようになった。
明治・大正(1868〜1926)日本(全国)、朝鮮半島、中国(遼東半島・山東・満洲)、台湾、ロシア、ヨーロッパ事典・概説1894〜1926年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.16新着 明治維新と近代国家づくり(1868〜1894) 藩の国から、税・兵・学校を中央が握る国へ
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1868年に始まった新政府は、戊辰戦争で旧幕府勢力を退けたのち、廃藩置県で藩をなくし、学制・徴兵令・地租改正で学校・兵・税を国が直接握る仕組みを作った。士族の最後の大きな反乱である西南戦争(1877年)のあとは、言論による国会開設の要求が強まり、1889年の大日本帝国憲法、1890年の帝国議会へと進んだ。
明治・大正(1868〜1926)日本(全国)、ヨーロッパ、アメリカ、中国、朝鮮半島、ロシア事典・概説1868〜1894年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.15新着 幕末(1853〜1867) 黒船から大政奉還まで、14年で幕府が政権を返した
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1853年にペリーの艦隊が浦賀に来て、翌年の日米和親条約で日本は港を開いた。1858年に天皇の許しのないまま通商条約が結ばれ、反対派を罰した井伊直弼は桜田門外で殺された。攘夷に失敗した長州と薩摩が1866年に手を結び、1867年に徳川慶喜は政権を朝廷に返した。
江戸(1603〜1867)日本(江戸・京都・長州・薩摩)、アメリカ、ヨーロッパ、中国事典・概説1853〜1867年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.14新着 江戸時代中・後期(1700年ごろ〜1853) 改革と飢饉をくり返すうちに、外の船が近づいてきた
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18世紀から19世紀半ば、幕府は財政難に悩み、享保・寛政・天保の三つの改革と田沼意次の政治をくり返した。天明の飢饉では東北で多くの人が亡くなり、都市では打ちこわしが起きた。一方で寺子屋が広がり、蘭学が育ち、伊能忠敬が日本地図をつくった。そこへロシアやイギリスの船が現れ、アヘン戦争で清が敗れた知らせが幕府を揺さぶった。
江戸(1603〜1867)日本(江戸・大坂・東北・蝦夷地)、中国、ヨーロッパ、アメリカ事典・概説1700年ごろ〜1853年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.13新着 江戸時代前期(1603〜1700年ごろ) 戦が終わり、幕府は窓口を四つに絞った
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1603年に徳川家康が征夷大将軍となり、大坂の陣で豊臣家を滅ぼして戦乱の世を終わらせた。幕府は武家諸法度と参勤交代で大名を抑え、島原の乱のあとポルトガル船を締め出し、外との窓口を長崎・対馬・薩摩・松前の四つに絞った。これを「鎖国」と呼ぶかどうかは今も議論がある。
江戸(1603〜1867)日本(江戸・長崎・対馬・薩摩・松前)、中国、朝鮮半島、ヨーロッパ事典・概説1603〜1700年ごろ
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.12新着 安土桃山時代(1568〜1600) 信長と秀吉が天下をまとめ、海を越えて朝鮮へ攻め込んだ
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1568年に織田信長が京都に入ってから、1600年の関ヶ原の戦いまでの約30年。信長は本能寺の変で倒れ、豊臣秀吉が1590年に全国統一をなしとげた。太閤検地と刀狩で、近世の村と身分の土台がつくられた一方、朝鮮への出兵は朝鮮・明・日本に大きな傷を残した。
戦国・安土桃山(16世紀)日本(近畿ほか全国)、朝鮮半島、中国事典・概説1568〜1600年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.11新着 戦国時代(1467〜1568) 下の者が上を倒し、海の向こうから鉄砲と宣教師が来た
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応仁の乱(1467年)から織田信長の上洛(1568年)までのおよそ100年、将軍の力が弱まり、各地で戦国大名が自分の領国を治めるようになった。同じころポルトガル人が種子島に鉄砲を伝え、ザビエルがキリスト教を伝えた。日本の銀は石見銀山などから大量に海外へ流れ、日本は初めてヨーロッパと直接つながった。
戦国・安土桃山(16世紀)日本(全国)、中国、朝鮮半島、ヨーロッパ事典・概説1467〜1568年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.10新着 南北朝と室町時代(1333〜1467年) 二つの朝廷の争いを越え、明・朝鮮・琉球と結んだ足利の世
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鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇の政治は2年半ほどで崩れ、足利尊氏が立てた京の北朝と、吉野の南朝が半世紀以上争った。3代将軍足利義満は1392年に南北朝を一つにし、明から「日本国王」とされて勘合貿易を始めた。海では倭寇が暴れ、沖縄では琉球王国が中継貿易で栄えた。将軍家の力が弱まり、1467年に応仁の乱が起こる。
鎌倉・室町(12〜16世紀)日本(京都・吉野・九州・沖縄)、中国(元・明)、朝鮮半島(高麗・朝鮮)事典・概説1333〜1467年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.9新着 鎌倉時代(1185〜1333年) 東国の武士がつくった政権が、朝廷と並び、やがて朝廷を上回った
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源頼朝が鎌倉に開いた幕府は、守護・地頭を全国に置き、頼朝の死後は北条氏が執権として動かした。承久の乱で朝廷に勝って西国にも力を広げ、御成敗式目で武士の法を定めた。しかしモンゴル帝国の元の襲来(元寇)を退けたあと御家人の困窮が深まり、1333年に滅んだ。
鎌倉・室町(12〜16世紀)日本(鎌倉・京都・九州)、中国(宋・元)、朝鮮半島(高麗)、モンゴル事典・概説1185〜1333年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.8新着 院政と武士の台頭(1086〜1185年) 上皇が政治を握り、争いを武士が決めるようになった
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白河天皇が位を譲って上皇となり、天皇の父や祖父として政治を握る院政が始まった。朝廷の内輪もめを武士の力で決着させた保元・平治の乱をへて、平清盛が太政大臣となり、日宋貿易で富を集める。しかし反平氏の挙兵が全国に広がり、1185年の壇ノ浦で平氏は滅んだ。
奈良・平安(8〜12世紀)日本(京都・神戸・関東・瀬戸内)、中国(宋・金)事典・概説1086〜1185年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.7新着 平安時代前半と摂関政治(794年〜11世紀半ば) 藤原氏が天皇の外戚として政治を握り、かな文字の文学が花開いた
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794年の平安京遷都から、藤原道長・頼通の時代までをたどる。藤原氏は娘を天皇の后にして摂政・関白の地位を握り、遣唐使は9世紀末に途絶えた。地方では平将門・藤原純友の乱が起き、武士が表舞台に出てくる。宮廷ではかな文字で源氏物語や枕草子が書かれた。
奈良・平安(8〜12世紀)日本(京都・関東・瀬戸内)、中国(唐・宋)、朝鮮半島(新羅・高麗)事典・概説794年〜11世紀半ば
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.6新着 奈良時代(710〜794年) 唐をお手本に、国の形と仏教の都をつくった80年
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710年の平城京遷都から794年の平安京遷都までを奈良時代と呼ぶ。唐の制度をまねた国づくり、古事記・日本書紀による「国の歴史」の編さん、そして東大寺大仏に代表される仏教の国家事業が進んだ。一方で、土地の私有を認めた墾田永年私財法が、のちの荘園の出発点になった。
奈良・平安(8〜12世紀)日本(奈良)、中国(唐)、朝鮮半島(新羅・渤海)事典・概説710〜794年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.5新着 大化の改新から律令国家へ(645〜701年) 敗戦と内乱をへて「日本」と「天皇」が生まれる
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645年の乙巳の変で蘇我本宗家が滅び、大化の改新と呼ばれる改革が始まった。663年に白村江で唐・新羅に大敗し、672年の壬申の乱に勝った天武天皇が中央集権を進めた。藤原京への遷都をへて701年に大宝律令が完成し、このころ「天皇」の称号と「日本」の国号が定まったと考えられている。
古墳・飛鳥(4〜7世紀)日本(飛鳥・難波・近江・藤原京)、朝鮮半島、中国事典・概説645〜702年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.4新着 飛鳥時代前半(6世紀〜7世紀前半) 仏教と、隋に向けた「日出づる処」の国書
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6世紀半ば、百済の聖明王から仏教が公式に伝えられ、受け入れをめぐって蘇我氏と物部氏が対立した。推古天皇のもとで蘇我馬子と厩戸王(聖徳太子)が政治を進め、冠位十二階や十七条憲法がつくられたと『日本書紀』は記す。607年には隋に使いを送り、「日出づる処の天子」で始まる国書が煬帝を不快にさせた。
古墳・飛鳥(4〜7世紀)日本(奈良県・飛鳥)、朝鮮半島、中国事典・概説538〜628年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.3新着 倭の五王と古墳時代(4〜5世紀) 巨大古墳と、宋への使い
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4世紀は中国の史書に倭の記事がない「空白の世紀」だが、高句麗の好太王碑が倭の朝鮮半島への出兵を伝える。5世紀には讃・珍・済・興・武の「倭の五王」が中国南朝の宋に使いを送り、称号を求めた。埼玉と熊本の古墳から出た刀剣の銘文には「ワカタケル大王」の名があり、大王の力が東西に及んでいたことが分かる。
古墳・飛鳥(4〜7世紀)日本(近畿・関東・九州)、朝鮮半島、中国事典・概説391〜502年
10月19日登録 / 2026年10月19日
No.2新着 邪馬台国と卑弥呼(3世紀) 魏の歴史書が描いた、女王の国
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2世紀末の争乱のあと、倭の国々は卑弥呼を女王に立てた。卑弥呼は帯方郡を通じて魏に使いを送り、「親魏倭王」の称号と銅鏡百枚などを受けた。邪馬台国の場所は畿内説と九州説に分かれ、いまも決着していない。
文字記録のはじまり(〜3世紀)日本(九州・近畿)、中国、朝鮮半島事典・概説238〜266年