古墳・飛鳥(4〜7世紀)
391〜502年
No.3新着 倭の五王と古墳時代(4〜5世紀) 巨大古墳と、宋への使い
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4世紀は中国の史書に倭の記事がない「空白の世紀」だが、高句麗の好太王碑が倭の朝鮮半島への出兵を伝える。5世紀には讃・珍・済・興・武の「倭の五王」が中国南朝の宋に使いを送り、称号を求めた。埼玉と熊本の古墳から出た刀剣の銘文には「ワカタケル大王」の名があり、大王の力が東西に及んでいたことが分かる。
538〜628年
No.4新着 飛鳥時代前半(6世紀〜7世紀前半) 仏教と、隋に向けた「日出づる処」の国書
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6世紀半ば、百済の聖明王から仏教が公式に伝えられ、受け入れをめぐって蘇我氏と物部氏が対立した。推古天皇のもとで蘇我馬子と厩戸王(聖徳太子)が政治を進め、冠位十二階や十七条憲法がつくられたと『日本書紀』は記す。607年には隋に使いを送り、「日出づる処の天子」で始まる国書が煬帝を不快にさせた。
645〜702年
No.5新着 大化の改新から律令国家へ(645〜701年) 敗戦と内乱をへて「日本」と「天皇」が生まれる
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645年の乙巳の変で蘇我本宗家が滅び、大化の改新と呼ばれる改革が始まった。663年に白村江で唐・新羅に大敗し、672年の壬申の乱に勝った天武天皇が中央集権を進めた。藤原京への遷都をへて701年に大宝律令が完成し、このころ「天皇」の称号と「日本」の国号が定まったと考えられている。